量子論では、素粒子は普段は波のように存在し観察すると粒子として現れる、と考えられています。
これを応用するには、観察を関心に置き換えると良いでしょう。
『富と宇宙と心の法則』のP60に無限の可能性の場である瞑想時に関心をはらうとそれが現実となる。とあります。
真の瞑想は思考が止まっています。
その状態の体感がユーフィーリングですね。
QEでは、そこに意図をはめ込む、とありますが、それが関心をはらうということです。
 ただ、関心をはらうこともある種の思考ですので、思考が動き出してしまうことになります。
私の解釈では、ここに対立概念がなければ問題ないのではないか、と思うのです。
一旦思考が止まれば、次に現れる思考(ここでは関心)はピュアなはずです。
ところが、なりたい自分に関心をおこうとするので、今の自分と対立してしまう。
そこに問題があるのです。
今の自分もなりたい自分も共存させてしまうと、魂と理性の争いが起こりません。
ということは、魂と理性の一致→実現、となるのです。

 意図やイメージをはめ込むと解釈しても同じです。
これらを思考の源泉にはめ込み、かつ、対立概念がなければ、あとは待つだけです。
あとは待つだけ、というのもけっこう難しいことがあります。
どうしても、こうなりたいという執着があるからです。
これを宇宙に任せてしまうことができれば、現実化はさらに濃くなる。

 さて、話をまとめましょう。
,覆鵑蕕の形で思考の源泉を感じる。
∈の状況となりたい状態を共存させる
それを,了にはめ込む(イメージする)
し覯未榔宙(神)に任せてしまう


 ,鉢△倭宛紊靴討睥匹い任靴腓Α
というか、普段の状態で△できてしまえばが簡単になります。
あと、いけっこう難しいのですが、これは同P30の「宇宙が与えてくれるチャンスに目配りする」、ここに関心をもっていくことで解決するでしょう。

 つまり、
ケ宙が与えてくれるチャンスに関心をはらう
量子論から言うと、関心を払うと物理化しますので、チャンスが現れることになります。

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